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オタクのメモ

文章の練習

ギルティクラウンのつらいとこ

この記事は 虚無 Advent Calendar 2016 - Adventar の三日目です。 けいぞうです。今日はギルティクラウンについて評したいと思います。

友達を武器に戦う 。それは僕が戴きし、罪の王冠。

guilty-crown.jp

2011年秋アニメ ノイタミナ枠として2クールに渡り放送されたオリジナルTVアニメです。

謎のウィルス「アポカリプス・ウィルス」によって起こされたパンデミックにより、日本は統治機構を失い 世界から与えられた組織"GHQ"によって代理統治されている。 それに対するレジスタンス"葬儀社"とその一連の騒動に巻き込まれる主人公 桜満集の宿命を描いた物語です。

放送前期待を集めたのはその制作陣の豪華さで、
制作を担当したProduction I.G 6課(つまり第六スタジオ)は後に「進撃の巨人」「鋼鉄城のカバネリ」を担当することになるWIT Studioの前身であることや、 「キルラキル」「機動戦士ガンダムUC」など壮大な音楽で人気を博す澤野弘之が音楽を担当しているなど、
視覚と聴覚に訴えかけ来る素晴らしい映像を私たちアニメファンに提供してくれました。 特筆すべきは劇中バンドであるEGOISTをsupercellがその名を借りて実際に活動したことです。

PVをご覧になっていただければお分かりになると思います。

www.youtube.com

見終わった後

「キャストよし作画よし音楽よし、設定よしでつまらないある意味奇跡の作品」

ギルティクラウンのやばいところは、話の前後のつながりがまったくないことです。 一話内での起承転結は気持ちいいほど分かりやすく、次回に期待をつい寄せてしまうのですが、 しかしそれは必ず裏切られます。

後半クールになるとぽっと出のキャラクターがストーリーの根幹を握り、 前フリのない能力によって物語が終焉を迎えます。 このデウスエクスマキ的なところも毎回期待感を煽られて裏切られ続けた僕にはそっけなく見えて調子が狂いました。

葬儀社は幾度となく桜満集を試し、話の終わりには受け入れるような素振りを見せまるで大円団のようにみえるのですが そこで培われた信頼は次週にはまっさらにリセットされてしまいます。 劇中で描かれた人間関係の構築が、その後の展開にそぐわない場面が多すぎるのです。 監督は桜満集を「普通の少年、主人公らしからぬ後ろ向きで世の中を斜めから見ていて主体性の薄い人間」が物語の主人公のような ある種の災難、不幸に見舞われたときにするような行動を描いたと言った意のことをインタヴューでおっしゃっていました。

その目論見は成功していて、ギルティクラウンに出てくる人物はほとんどが身の丈に合わない振る舞いをしています。 ギルティクラウンで与えられる快感は映像と音楽によるものばかりで、人間関係による快感が得られません。 この作品を酷評する人は創作にまで行き場のないドロドロした人間関係を見たくない人が多いと思えます。 ですが、作品の見栄えは現代異能アクションなので能力による派手な演出とさっぱりした人間関係、ヒロイックな結末を 望む人ばかりが見に来ます。

なによりギルティクラウンが酷評されるのは一話ごとの、そしてストーリーと題材のミスマッチが原因でしょう。

裏をかえせば、ギルティクラウンは一話ごとにオムニバスとして見る分にはすばらしいアクションアニメです。 数話に一度ある桜満集が武器を携え空を翔けるシーンは音楽と映像の結晶ですし、演出では並ぶものはあっても上回るアニメはそうそうにないでしょう。

現代異能アクションの映像美が好きな方々に愛されるギルティクラウン、BDBOXとともにオススメします。